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休み前日の勤務上がりは最高の気分である。勤務が早番だったりするとなお良い。休みが長く感じられるし、さらに言えば休み明けは遅番であるなら最上級だろう。休みの最終日、多少夜更かししても構わないのだから。無論、次の日が休みじゃなくても夜更かしはするし、完徹したこともあるけどそれはそれ、気持ちの問題というやつだ。許されない状況だからこそやりたくなるくだらない反骨精神と、許容された状況においてやらないという天邪鬼は最高に甘美な大人の贅沢である。もちろん子供の頃だってやっては居たわけだけど、何が違うって怒られないという一点で随分違う。何もかもが自己責任で、返ってくる先が自分しかないという、些かデンジャラスなおまけが付いてくるけどそこは見ないふりだ。
まぁつまり、何がいいたいかというと明日は休みだという話である。しかも連休。希望してはいない。完璧に自由なおやすみなのである。さて積みゲーに手をつけるか、或いは積ん読の新刊たちを読むか、はたまた撮り溜めすぎてハードの残量を圧迫し始めているアニメを見るか。やり残してるソシャゲのメインクエストを進めるのものいい。選択肢は選り取り見取りでご機嫌もいいところ。鼻歌まで飛び出しそうだ。
自炊なんてしたくないし、なんなら面倒なので風呂にも入りたくない。臭くなるから入るけど。可能な限りベッドから出たくないし、当然家の中からは出たいわけがない。絶対出ないという誓いすら立てたいくらいだ。
そうなれば買い物かごに放り込まれる品々に偏りが出るのは、至極自然の摂理である。
体型?吹き出物?栄養バランス?なんの話かな、ひとつもわからないよ。調理師免許?なんだっけそれ。
私の頭はこの二日間を如何に自堕落に過ごすかの計画を練ることでいっぱいだった。
そう、だったのだ。いっぱいだったはずなのに。
過去形。
つまりそれは過ぎ去った話ということである。言い換えれば叶わなかった夢。別に休みが終わったとかいうわけじゃ無い。なんならまだ始まってもいないけど、現実ってなんでこんなに無情なんだろう。

「存外、ものが無いんだな」

人の部屋をくるりと見渡して、感心したように降谷さんはそう言った。
「ほとんど処分したので」
「へぇ」
買って使いもしないグッズの山々は、転職の引越しとともにおさらばしてしまった。別に情がなくなったわけじゃ無いけど、まだ好きだけど、ちょっといいかなって思ったらこうなってしまったのだ。正直にいうと公式からのランダム商法による供給に気持ちが付いて行かなくなった。むり、辛い、きつい。そうまでしてグッズ厨を続ける元気が私にはなかった。
とはいえおかげさまで、こういった突如の来訪にも臆する事は無くなったわけだけど、本当にどうしてこうなったんだろう。持って帰ってきたビニール袋の中身は、初め購入予定だったジャンクのかけらなど微塵もない。いたって健全健康な食材たちが詰められていた。あれれ、おっかしいな??このラインナップはいつも生協さんから届くラインナップだぞ。何でビニール袋に入ってるんだ許せない。降谷さんが持ってくれたからちっとも重たくはなかったけど許したくない。
「因みに降谷さん、帰る気は」
「ないな」
早くカレーを作ってくれ。
そう言いながら勝手に人の家の一つしかないパーソナルソファで寛ぎ始める降谷さん。ちょっと、そのにわとりさんは私がゲーセンでお迎えしたお気に入りなんですけど。我が物顔で抱えないでよ。そんな苦情を呈したくても、彼はすでにテレビのニュースキャスターを凝視しているので意味がない。不恰好に変形したにわとりさんがこちらにつぶらな瞳を向けて来るだけだ。可哀想だけど相変わらず可愛いにわとりさんである。
本当に、どうしてこうなったんだろう。なぜ私は仕事でもないのにカレーを作らなければいけないのか。別に食べたくないのに。
きっとコンビニで降谷さんと鉢合わせてしまったことが間違いだったのだろうけど、そんな間違いどうやって正せばいいのかわからない。知らないふりをしたのに向こうから話しかけて来るなんて、不可避という以外なんと言えばいいのか。こちらは久しぶりに、正確にいえば二ヶ月ぶりに顔を見たから挨拶しようと思ったものの、面倒な取り決めを思い出して踏み止まったというのに。
ああ違うか、エンカウントした瞬間のカゴの中身が間違いだったのか。せめて中身がなにも入っていなければ、降谷さんに「毎日こんなものばかり食べているのか、体に悪いな」なんて変な絡み方されなくて済んだし、おかしな反骨精神で「いやちゃんと毎日自炊してますけど!?」なんて言い返すこともなかったんだ。
売り言葉に買い言葉って、知ってはいるけど忘れてたよね。挙句「じゃあ見せてみろ、因みに僕はカレーが食べたい」って人の家に乗り込んで来るとかどんな着地点だよおかしいよ。ていうかなんでナチュラルにリクエストしてるの?全てがおかしいよ、いや、受け入れた私も可笑しいな。
だいたいご飯作れることくらい知ってるよね、この人。私の職場どこだと思ってんだよ社食だよ!!
苛立ちをじゃがいもにぶつけると、あらぬ方向へつるつると転がって言った。いけないいけない、じゃがいもに罪はない。たとえ降谷さんが購入したじゃがいもだとしてもじゃがいもは無罪だ。
食材の下処理を終えて、全てを鍋に入れる。当然肉も入れた。水から入れるな?全部煮れば一緒だよ。寧ろこの状態でお肉を泳がせた方が変に団子にならなくて全然いいよ。あとで浮いて来る灰汁をとればなにも問題はない。最悪灰汁だってルーに混ぜてとかしてしまえ。
「これも全部入れて煮るのか………」
不意に耳元から声が聞こえて「ひにゃ」なんて情けない声が出た。猫か、私は。いや猫に失礼だ。というかいつのまに背後に立ったんだろう、この人。鍋の中身を覗くために背後に立ったんだろうが、気配がなさすぎて心臓に悪すぎる。あと人の肩に顎を乗せるのはやめてくれ、くすぐったい。
「カレーも所詮煮物です」
「いや、最初に肉を炒めるとかなんとか、あるだろう色々と」
「しません、欲しいならバターでもなんでも足しますけど。いつも通りでいいって言ったの降谷さんじゃないですか」
だいたい豚肉がバラ肉なのにこれ以上油やらバターやらを足してどうするのか。脂っこい苦しい。
「そうだけど」
理解不能、と顔に書いてある気がした。
その腕に抱えたままのにわとりさんは相変わらず不恰好である。あ、ちょっとこんなところに持ち込んだら黄色くなるじゃないか!可愛い真っ白なのに。は、まさかチキンカレーにでもする気か、許せないなこの人。
ジロリと睨みつければなにを勘違いしたのか「バターは入れなくていいよ、いつも通りのが食べたい」と言った。そういうことじゃない。にわとりさんを安全圏に連れて帰って。
「あとは?」
首を傾げて尋ねて来る姿に、ほんの少しだけ可愛い人だなと思った。多分童顔なせいだと思うけど。それでも納得できない部分は、夢の連休の出鼻を挫かれたから、ということにしておこう。
「あとはルーを溶かして終わりですけど」
「………そうか、…………まぁ、そうだよな」
納得したのかしていないのか。
手元で投入されるルーを眺めて、うんうん唸りながら降谷さんはソファに戻っていった。なんだ、盛り付けまで居てくれればスープまで含めて配膳が一度で済んだのに。なんて文句は言わない。言うだけ無駄だろうことは言う前からわかっているのだ。というかにわとりさん抱えてるから無理じゃん。だから黙ってキッチンとリビングとを往復する。結局食べたくないはずだったのに、自分の分までカレーをよそってしまった。スパイスの匂いって魔法なのかな。
普段一人分の食事しか載せないローテーブルは、二人分のカレー皿とスープカップで満員御礼だった。




「いただきます」

降谷さんは両手を合わせてそう言った。育ちの良い人なのだろう。漸くにわとりさんはソファに戻された。一応降谷さんは客人なので、私が普段使っている座布団は降谷さんに譲って私はフローリングに直である。ちょっと冷たい。
出来上がったカレーは当然、いつも通りの普通のカレーである。うん、全く変わりばえのしない、なんの面白みもないカレーだ。別にカレーに驚きなんて求めてないから良いのだけど。
向かいに座った降谷さんは一心不乱にカレーを食べている。無駄口一つ叩かず真剣にカレーと向かい合う姿はさながらアスリートのようだと思った。
こうやって、作ったものをしっかり食べてくれる人は好きだ。口先で美味しいとか、美味しさの表現を言葉巧みに行うテレビのコメンテーターより、ずっと。
今回の場合は彼がそう望んだのだから食べなきゃ尚腹がたつわけだけど、とはいえそういう人間がいるのも昨今の事実なのである。存外簡単に、みんなものを残していく。それが命だとか、昨日まで動いていたとか、きっとそういうことはあまり深く考えず。お腹が苦しいからいいや、とか、気分じゃないからいらない、とか。社食では割と少ないけれど、前に勤めていたところはそれが激しくて辞めたのだっけ。
ぼんやり降谷さんを見つめながら考えていると、流石に視線が鬱陶しかったのか不機嫌そうな顔を向けられた。
「人の食事を観察するのは趣味が悪いぞ」
「ごめんなさい」
素直に謝ると、降谷さんはきょとんとした顔をしてそれからバツが悪そうに視線をそらす。悪いのは私なのに、一体どうしたのかと思えば空になった皿を持ち上げて
「おかわり」
と言った。
立ち上がる私を頬杖で眺めて
「……他人が作る食事って、いいよなぁ」
なんてぼやく降谷さんに、彼女さんは居ないのだろうか。それこそ降谷さんくらいの顔なら選り取り見取りって感じだけど。
ああ、あるいは。極度のカレー好きなのかもしれない。人の家に乗り込んできてカレーを作れというほどだし、そう思えば納得だ。彼女さんだって毎日カレーばっかり作らされたくはないだろう。もしかしたらそんな理由で破局したりなんてことがあったのかもしれない。単なる邪推だけど。
よそったカレーを差し出せば、降谷さんはやはり黙々とカレーを食べる。結局私が食べきるまでの間にもう二度お代わりし、インスタントのわかめスープまできっちり飲み干した。

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